#242 仕組まれた戦いだった?

大東亜戦争って仕組まれた戦争だったの?

元々米国には日本と戦争をする理由がありませんでしたが、なぜ日米が戦争をすることになっていったのでしょうか?

アラフィフ単身赴任サラリーマンのえびすたま剛です。

この動画内容は林千勝さんが陸上自衛隊の幹部学校の授業でお話しした内容になります。

また、今回は「#241 アトミックボムの真実」の続編になりますので、ぜひ事前にこちらをご覧ください。

仕組まれた戦いだった?

日本国民や米国国民はともに共通して平和を望んでいて、日本の指導部は大国米国との戦争は絶対に避けなければいけないという認識で共通していましたし、米国議会でも第一次世界大戦の反省から絶対に参戦は避けなければいけないという意見で統一されていました。

しかし、いわゆる支配者が傘下のルーズベルト米国大統領や大手メディアに日本を追い込ませて、日本国民と米国国民を煽って、日米戦争の火をつけたというところが正しい理解ではないか、というところになります。

元々日本と米国は戦争をする理由が全くなかったところを、人為的に戦争へもっていかされてしまったのですね。

日本側のシミュレーション

日本は昭和10年代に支那事変が泥沼化していき、ルーズベルト米国政権が日本を石油の禁輸等で締め付けていくと日米関係、加えて日英関係が険悪になっていくと想定されるので、どうなるかをシミュレーションしていました。

このあたりは企画院や日満財政経済研究会(石原莞爾テコ入れの民のシンクタンク)、陸軍省整備局の民官軍のシンクタンクが日本の国力判断をしていきました。

そして、出てきた結論は一つで、支那事変の泥沼化で日本経済が悪化していき、資源も戦略物資もなくなっていく中にあって、米国からの輸入にますます頼らざるを得ない状況になるため、米国と戦争はできない、ということでした。これが当時の日本の指導部の共通認識でありました。

秋丸機関の結論は英国封鎖陥落案

それでもさらに米国英国が日本を追い込んでいった場合にどうしたらよいかを、日本の陸軍が中心になって、先ほどの3つのシンクタンクとは別のシンクタンクを作ってシミュレーションしています。

これが、昭和14年の秋以降に作られた秋丸機関陸軍省戦争経済研究班という、秋丸次朗という中佐が中心になって作ったシンクタンクです。

この機関は米国、英国、ソ連、日本、支那、ドイツ、イタリア等の世界中の国々の膨大な機密資料を元に、戦争を遂行する力を調査して調査報告書を集約した『英米合作経済抗戦力調査』を作成しました。

ここには、将来日本が戦争に巻き込まれた場合、どういった打開策があるのかという戦争戦略の基本が示されています。

当時アジアを支配していたのは米国ではなくて英国でした。そのため、日本が石油を止められて南に取りに行くとすると英国と正面衝突することになります。

英国は当時資源や食料をニュージーランドやオーストラリア、東南アジア、インド、中近東などのインド洋周辺の国々に依存していたので、この海上輸送ルートを遮断して英国を封鎖陥落させようという結論を導き出します。

太平洋ではなくてインド洋だったのですね。英国封鎖陥落案こそが日本の勝利への道であるとの結論だったわけです。英国との戦争で、その戦争には勝てるという結論です。

インドネシアはオランダ領でしたが、本国はドイツに占領されていたので実質機能していないようなものでしたので、日本は英国との戦争に勝てば石油を手に入れることができたわけです。

この調査内容は米国が参戦しないことが前提になっています。この作戦では途中に米国の連邦自治領のようなフィリピンがありましたが、ここは占領するけれどもそのままにして外交交渉で米国に返すことにしていたようです。

米国議会と米国国民は日本と戦争する気が全くないので、総力戦をする理由はないし、しないという前提であったわけです。

対米国のプランニング

日本は、これら研究結果を元に日本陸軍を中心に対米国のプランニングができてきて、米国に対しては武力戦ではなく思想戦で臨むということになっていたのですね。

当時、ルーズベルト米国大統領は日本が支那に触手を伸ばしだして、権益をとっていくことを快く思っていなくて日本の締め付けを開始します。米国の大手メディアも米国国民を戦争に煽っていっています。

しかし、当時米国は支那にそれほど権益を持っていたわけではないですし、それを理由に米国を戦争に巻き込もうとするのはおかしいのではないか、米国の極東政策はおかしいのではないか、ということを日本が思想戦として、米国国民に訴えかけて、日米が戦争になったら米国にとって無意味なんだという世論を激成させることが日本の戦争戦略だったのですね。

あぁ、今もホントこういう戦い方をしてほしいですね。。。

これは昭和16年の8~9月にかけて戦争指導要綱として明文化されています。そして、この戦争指導要綱を受けて、昭和16年11月15日の大本営政府連絡会議(軍の最高首脳部と首相含めた政府の最高指導部が一体となった会議体)で『戦争終末促進の腹案』という大東亜戦争に向けての国家戦争戦略が正式に決められていました。

日本は最初から短期で戦争を終わらせる計画を作っていたのですね。あくまでも思想戦であって、日本の総力をかけて戦うなんて計画は全くなかったのですね。

この段階で、ミッドウェー、フィジー、スマトラ、ハワイに出ていくなんて話は俎上にも上がっていなかったのです。石油を取って自給自足していって、大東亜共栄圏を作って自存自衛していくことが目的ですから、太平洋の覇権を取るなんて話は全く目的に入っていなかったのです。

それが、なぜ日米戦争ということになっていたのか??、次回に続きます♪

日米開戦の真実の詳細は以下の書籍に記載されていますので、ぜひご覧ください。

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